日本の会社を買う方法は、大きく分けて株式譲渡と事業譲渡の2つです。株式譲渡では株主が変わるだけで、会社そのもの(契約・社員・許認可・債務)はそのまま残ります。事業譲渡では、買い手が選んだ資産・契約・社員を1つずつ移し、契約の相手方や社員一人ひとりの承諾が必要になります(民法539条の2・625条1項)。どちらを選ぶかで、必要な社内手続、引き継ぐリスク、デューデリジェンス(買収前の調査)で重点的に見る点が変わります。
こんな場面で問題になります
- 海外の本社が、日本の取引先や同業の中小企業を株式で買い取ろうとしている
- 売り手のオーナーから「株式を売るので、すぐに名義を変えてほしい」と言われたが、定款に株式の譲渡制限がある
- 赤字の部門だけを切り出して買いたいが、社員や取引先がついてくるか分からない
- 買収の基本合意の後、デューデリジェンスで何を調べればよいか、社内で決まっていない
株式譲渡と事業譲渡は、何を買うかが違う
株式譲渡では、買い手は会社の株式を取得し、株主になります。会社は同じ法人のまま続くため、取引先との契約、社員との雇用契約、許認可、そして簿外のものを含む債務も、原則としてそのまま会社に残ります。手続は比較的まとまっていますが、会社が抱えるリスクも丸ごと引き継ぐことになります。
事業譲渡では、売り手の会社から事業(資産・契約・ノウハウなどのまとまり)を買い取ります。買い手は何を引き継ぐかを契約で選べます。その代わり、契約・社員・許認可を個別に移す必要があり、手間と時間がかかります。
実務では、会社全体を買うなら株式譲渡、特定の部門や資産だけを買うなら事業譲渡が検討の出発点になります。ただし、簿外債務のリスク、許認可の取り直しの要否、社員の承諾の見込み、税務などを比べて決めます。
株式譲渡の手続:譲渡制限と株券を確認する
多くの中小企業の株式には譲渡制限がある
株主は株式を譲渡できます(会社法127条)。ただし、会社は定款で、株式の譲渡による取得に会社の承認を必要とする定めを置けます(107条1項1号・2項1号)。この株式を譲渡制限株式といいます(2条17号)。非上場の中小企業では、全部の株式に譲渡制限があることが少なくありません。
譲渡制限株式を売りたい株主は、会社に対し、買い手の取得を承認するかどうかの決定を請求できます(136条)。買い手の側から請求することもできますが、原則として株主名簿上の株主と共同で請求します(137条)。
承認は誰がするか、承認しないとどうなるか
承認するかどうかは、取締役会設置会社では取締役会、それ以外の会社では株主総会の決議で決めます。ただし、定款に別段の定めがあればそれに従います(139条1項)。会社は決定の内容を請求者に通知します(139条2項)。請求の日から2週間(定款でこれより短い期間を定めた場合はその期間)以内に通知がないと、会社は承認したものとみなされます(145条1号)。
会社が承認しない場合でも、請求の際に買取りを求めていれば、会社または会社が指定する買取人が株式を買い取ります(138条・140条)。承認を受けていない買い手は、原則として株主名簿の名義書換を請求できません(134条)。株式の譲渡は、株主名簿に記載しなければ会社その他の第三者に対抗できません(130条1項)。
実務では、譲渡の実行日(クロージング)までに会社の承認決議を済ませ、議事録の写しを受け取ってから代金を支払う流れにすることが多いです。
株券発行会社では、株券の交付が必要
定款に株券を発行する旨の定めがある会社を株券発行会社といいます(117条7項・214条)。株券発行会社の株式の譲渡は、株券を交付しなければ効力が生じません(128条1項)。古くからある会社では、定款に株券発行の定めが残っているのに、実際には株券が発行されていないこともあります。定款と株券の発行状況を早い段階で確かめ、必要な手当てを売り手と協議します。
事業譲渡の手続:株主総会の特別決議と個別の移転
売り手側では株主総会の特別決議が必要
事業の全部の譲渡や、事業の重要な一部の譲渡をする会社は、効力発生日の前日までに、株主総会の決議で事業譲渡契約の承認を受けなければなりません(会社法467条1項1号・2号)。この決議は特別決議です。議決権の過半数(定款で3分の1以上に下げられる)を持つ株主が出席し、出席株主の議決権の3分の2以上で決めます(309条2項11号)。
事業の一部の譲渡で、譲り渡す資産の帳簿価額が総資産額の5分の1(定款でこれより低い割合も可)を超えない場合は、この承認の対象から除かれます(467条1項2号かっこ書)。また、譲受け側が売り手の議決権の10分の9以上を持つ特別支配会社であるときも不要です(468条1項)。
買い手側でも承認が要る場合がある
他の会社の事業の全部を譲り受ける会社も、原則として株主総会の承認が必要です(467条1項3号)。ただし、対価として渡す財産の帳簿価額が自社の純資産額の5分の1(定款でこれより低い割合も可)を超えない場合は不要です(468条2項)。この場合でも、一定数の株式を持つ株主が反対を通知すると、株主総会の承認が必要になります(468条3項)。
反対株主の株式買取請求
事業譲渡をする会社は、効力発生日の20日前までに、株主に事業譲渡をする旨を通知します(469条3項)。反対する株主は、会社に対し、自分の株式を公正な価格で買い取るよう請求できます(469条1項)。事業の全部の譲渡を承認する株主総会で、同時に会社の解散を決議した場合などは除かれます(同項1号)。オーナー以外の少数株主がいる会社では、この請求の可能性も考えて準備します。
社員と契約は、一人ずつ・1件ずつ移す
事業譲渡では、雇用契約は自動的には移りません。使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡せないからです(民法625条1項)。厚生労働省の事業譲渡等指針も、承継予定の労働者から個別の承諾を得る必要があるとしています。指針は、事業譲渡の全体の状況などを十分に説明し、承諾に向けた協議をすることが適当とし、労働条件を変えて引き継ぐ場合はその変更への同意も必要としています。承諾しなかったことだけを理由とする解雇は、権利の濫用として認められないとされています(労働契約法16条)。
取引先との契約も同じです。契約上の地位の移転には、契約の相手方の承諾が必要です(民法539条の2)。主要な取引先・賃貸人・ライセンサーから承諾を得られるかが、取引の前提になることがあります。許認可が事業譲渡で当然に引き継がれるかどうかは、それぞれの法律によって異なり、取り直しが必要になることもあります。
社員を引き継がない、または日本法人で人員を整理する場面の注意点は、「日本で社員を解雇するとき」で解説しています。
事業譲渡で売り手と買い手が負う義務
売り手の競業禁止
事業を譲渡した会社は、当事者が別段の意思表示をしない限り、同じ市町村と隣接する市町村の区域内で、譲渡の日から20年間、同じ事業を行ってはなりません(会社法21条1項)。特約で競業をしないと定めた場合、その特約は譲渡の日から30年以内に限り効力があります(同条2項)。どちらの場合も、不正の競争の目的で同じ事業を行うことはできません(同条3項)。
海外の買い手にとって「20年・同一市町村と隣接市町村」という法律上の範囲は、実際のビジネスに合わないことが多いです。地域・期間・対象事業を契約で明確に定めるのが一般的です。
商号を引き続き使うと、売り手の債務を負うことがある
事業を譲り受けた会社が売り手の商号を引き続き使う場合、売り手の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います(会社法22条1項)。譲り受けた後、遅滞なく、債務を弁済する責任を負わない旨を本店所在地で登記すれば、この責任は負いません。売り手と買い手から第三者に通知した場合も、通知を受けた第三者との関係では同じです(同条2項)。
商号を続用しなくても、売り手の債務を引き受ける旨の広告をすれば、債権者は買い手に請求できます(23条1項)。また、売り手が、引き継がれない債務の債権者を害すると知って事業を譲渡した場合、債権者は買い手に対し、承継した財産の価額を限度に履行を請求できます。買い手が譲渡の効力発生時にそのことを知らなかったときは除かれます(23条の2第1項)。
公正取引委員会と外為法の届出
一定の規模を超える株式取得は、公正取引委員会に事前に計画を届け出なければなりません(独占禁止法10条2項)。現在の基準は、買い手のグループの国内売上高合計額が200億円を超え、対象会社とその子会社の国内売上高の合計額が50億円を超える場合に、議決権の保有割合が20%または50%を超えることになるときです(独占禁止法施行令16条)。届出をした会社は、原則として届出受理の日から30日を経過するまで株式を取得できません(10条8項)。
事業の譲受けにも事前届出の制度があります。買い手の国内売上高合計額が200億円を超え、譲り受ける事業の国内売上高が30億円を超える場合などです(16条2項、同施行令21条)。
海外の企業や投資家が日本の会社の株式を取得する場合は、外為法の事前届出・事後報告が必要になることがあります。業種や持株比率で判断が分かれるため、「外国企業が日本の会社を買収・出資するとき」で確認してください。
デューデリジェンスで見る点
デューデリジェンス(DD)は、買い手が買収の前に対象会社を調べる手続です。法律で義務づけられたものではなく、どこまで調べるかは取引の規模やリスクに応じて当事者が決めます。法務DDでは、一般に次のような点を確認します。
- 会社の基本情報:定款、登記、株主名簿、株主総会・取締役会の議事録。株式の譲渡制限・株券発行の定め、過去の株式発行や譲渡の手続に漏れがないか
- 重要な契約:取引基本契約・賃貸借・ライセンス・融資などの契約に、支配権の移転(チェンジ・オブ・コントロール)や事業譲渡で相手方が解除できる条項、事前の承諾や通知を求める条項がないか
- 労務:雇用契約・就業規則、残業代の未払い、労働紛争の有無、事業譲渡なら承継予定の社員の範囲
- 許認可:事業に必要な許認可の有無と、株主の変更や事業譲渡で届出や取り直しが必要か
- 紛争:係属中・予想される訴訟、行政からの指導や処分
- 知的財産:商標・特許・ソフトウェアの権利が会社に帰属しているか、第三者の権利を侵害していないか
- 個人データ:顧客・社員の個人情報の管理状況と、取得時の利用目的
個人情報保護法は、合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合、提供を受ける者を第三者にあたらないとしています(個人情報保護法27条5項2号)。承継した会社は、本人の同意がなければ、承継前の利用目的の達成に必要な範囲を超えて取り扱えません(18条2項)。
表明保証は契約の仕組み
DDで分かった点や、調べきれない点は、株式譲渡契約や事業譲渡契約で手当てします。代表的なものが表明保証(売り手が、会社や事業について一定の事実が正しいと契約で約束すること)です。表明保証は法律で定められた制度ではなく、契約の条項として当事者が定める実務です。違反があったときの補償(インデムニティ)の範囲・上限・請求できる期間も、契約で決めます。DDで見つかった問題は、価格の調整、クロージングの前提条件、特別な補償条項などに反映させます。
M&A全体の進め方は「M&A・コーポレート」をご覧ください。
今すぐできること
- 対象会社の定款を取り寄せ、株式の譲渡制限と株券発行の定めを確認する
- 株主名簿と議事録で、現在の株主と過去の株式の動きを確認する
- 会社全体を買うのか、特定の事業だけを買うのかを決め、株式譲渡と事業譲渡のどちらで進めるかを検討する
- 主要な契約に、支配権の移転や譲渡で相手方の承諾が必要になる条項がないかを洗い出す
- 事業譲渡なら、引き継ぐ社員の範囲と、説明・協議の進め方を売り手と決める
- 公正取引委員会への届出と外為法の届出が必要かどうかを、早い段階で確認する
弁護士に相談すべきタイミング
- 基本合意書(LOI・MOU)に署名する前で、独占交渉権や守秘義務の範囲を決めたいとき
- 定款に株券発行の定めがあるのに、株券が見当たらないとき
- 主要な取引先の契約に、支配権の移転で解除できる条項が見つかったとき
- 事業譲渡で、引き継ぐ予定の社員の一部が承諾しない見込みのとき
- 海外の親会社から、英文の株式譲渡契約のひな型で進めるよう指示されたとき
当事務所の代表弁護士は日本と米国ニューヨーク州の弁護士資格を持ち、日本語・英語の両方で、契約書の作成からDD、クロージングまで対応しています。
FREE CONSULTATION
企業法務のご相談は、初回30分無料です
- ・日本・ニューヨーク州の弁護士 阿部祐介が担当します
- ・オンライン(Zoom等)・来所(東京・大手町)どちらも可
- ・日本語・英語のどちらでもご相談いただけます
よくあるご質問
株式譲渡と事業譲渡のどちらを選ぶべきですか?
会社全体を引き継ぐなら株式譲渡、特定の事業や資産だけを買うなら事業譲渡が出発点です。株式譲渡は手続がまとまっていますが、簿外債務を含むリスクも会社ごと引き継ぎます。事業譲渡は引き継ぐものを選べますが、社員・契約の相手方の個別の承諾が必要です(民法625条1項・539条の2)。税務や許認可も含めて比べて決めます。
譲渡制限株式を、会社の承認なしに買うことはできますか?
当事者間で売買契約を結ぶことはできますが、承認を受けない限り、買い手は原則として株主名簿の名義書換を請求できません(会社法134条)。承認は、取締役会設置会社では原則として取締役会が決めます(139条1項)。実務では、クロージングまでに承認決議を済ませます。
事業譲渡で、社員は自動的に買い手の会社に移りますか?
移りません。社員一人ひとりの承諾が必要です(民法625条1項)。厚生労働省の事業譲渡等指針は、事業譲渡の状況を十分に説明し、承諾に向けて協議することが適当としています。承諾しなかったことだけを理由に解雇することは、権利の濫用として認められないとされています(労働契約法16条)。
株式譲渡なら、社員の同意は要りませんか?
株式譲渡では株主が変わるだけで、雇用契約の当事者である会社は変わりません。そのため、雇用契約を移すための社員の承諾は要りません。ただし、買収後に労働条件を変える場合は、別に労働法のルールに従う必要があります。社員への説明の時期や方法も、実務上の大切な検討事項です。
表明保証は法律で決まっているのですか?
表明保証は法律上の制度ではなく、株式譲渡契約や事業譲渡契約の条項として当事者が定める実務です。どの事実を保証するか、違反のときにどこまで補償するか、いつまで請求できるかは、交渉で決まります。DDの結果を踏まえて内容を詰めます。

