企業法務弁護士監修済
Q.退職後の競業避止義務はどこまで有効ですか?就業規則・誓約書の有効性の判断基準、違反されたときの対応、外資系企業の英文書式の注意点
A.
退職後の競業避止は、会社が守るべき利益、本人の地位、期間・地域・職種の範囲、代償措置を総合して、合理的な範囲に限って有効とされます。広すぎる約束は無効になり得るため、営業秘密の管理と秘密保持の約束を先に固めます。
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退職後の競業避止義務(同業他社への転職や同業での起業を制限する約束)は、就業規則や誓約書で定めても、無制限には有効になりません。働く人には職業選択の自由があり(憲法22条1項)、制限が広すぎる約束は公序良俗に反して無効とされるからです(民法90条)。裁判所は、会社が守ろうとする利益、本人の地位、制限の期間・地域・職種の範囲、代償措置の有無などを総合して、有効かどうかを判断しています。会社としては、まず営業秘密の管理と秘密保持の約束を固め、競業避止は必要な人と範囲に絞るのが基本です。
こんな場面で問題になります
・営業部長が退職し、翌月から主要な取引先を担当する競合他社で働き始めた。
・入社時に「退職後3年間は同業に就かない」という誓約書を全員から取っているが、本当に効力があるのか分からない。
・海外の親会社の英文書式(Non-Compete Agreement)を、そのまま日本法人の社員に署名させている。
・退職する取締役が、在任中から同じ事業の会社を準備していたことが分かった。
1. 在職中と退職後で、考え方が違います
在職中の社員は、労働契約に付随して、会社の利益を不当に害さないよう誠実に行動する義務を負うと考えられています。労働者と使用者は、信義に従い誠実に義務を履行しなければなりません(労働契約法3条4項)。そのため、在職中に競合事業を手伝うことや、顧客を引き抜く準備をすることは、特別な約束がなくても問題になり得ます。
取締役については、会社法に明文の定めがあります。取締役が自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、株主総会(取締役会設置会社では取締役会)で重要な事実を開示し、承認を受けなければなりません(会社法356条1項1号・365条1項)。承認を受けずに競業取引をしたときは、その取引で取締役や第三者が得た利益の額が、会社の損害の額と推定されます(会社法423条2項)。
これに対して、退職後は雇用関係がなくなります。退職後の競業を制限するには、原則として就業規則や個別の合意といった根拠が必要です。
2. 退職後の制限は、就業規則か個別の合意で定めます
就業規則で定める場合、労働契約を締結する際に、合理的な労働条件が定められた就業規則を労働者に周知させていれば、その内容が労働契約の内容になります(労働契約法7条)。ただし、就業規則に書いてあるだけで、どんな制限でも有効になるわけではありません。
個別の誓約書で定める場合は、入社時よりも、担当業務や知っている情報がはっきりする昇進時・退職時に、具体的な範囲を書いて合意するほうが、内容の合理性を説明しやすくなります。退職時に署名を求めても、本人が拒めば強制はできません。
3. 有効かどうかは、6つの事情で判断されます
裁判所は、退職後の競業避止の約束が職業選択の自由を不当に制限していないかを、おおむね次の事情を総合して判断しています。
・会社が守ろうとする利益:営業秘密、顧客との関係、独自のノウハウなど、守るべき正当な利益があるか。単に「競合に人材を取られたくない」だけでは足りないと考えられています。
・本人の地位と職務:その利益に実際に触れる立場にあったか。全社員一律の制限は、この点で説明が難しくなります。
・制限の期間:長いほど、本人の不利益が大きいと評価されます。
・地域の範囲:事業の実態と関係なく全国・全世界とすると、広すぎると判断されやすくなります。
・制限する職種・業務の範囲:「同業他社への就職一切」より、「在職中に担当した顧客への営業」のように具体的なほうが有効と認められやすくなります。
・代償措置:制限に見合う手当や退職金の上乗せなどがあるか。
どれか一つで決まるのではなく、全体のバランスで判断されます。広すぎる約束は、全体が無効とされることがあります。
4. 違反されたときに会社がとれる手段
約束が有効であれば、会社は競業行為の差止めを求めることや、損害賠償を請求すること(民法415条1項)が考えられます。ただし、損害の額と、競業との因果関係は会社の側で示す必要があり、立証は簡単ではありません。
退職金の減額・不支給を定める方法もあります。常時10人以上の労働者を使用する会社が退職手当の定めをする場合は、適用範囲や決定・計算の方法を就業規則に記載しなければなりません(労働基準法89条3号の2)。減額や不支給の条項も、それまでの勤続の功労を失わせるほどの事情があるかという観点から、制限的に判断される傾向があります。
なお、使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはなりません(労働基準法16条)。誓約書に「違反したら○○万円を支払う」と書く方法は、この規定との関係で問題になるおそれがあります。
5. 競業避止より先に、営業秘密を守る仕組みを整えます
退職者の競業で会社が本当に困るのは、多くの場合、顧客情報や技術情報が持ち出されることです。この点は、不正競争防止法で守ることができます。
営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報で、公然と知られていないものです(不正競争防止法2条6項)。会社から示された営業秘密を、不正の利益を得る目的などで使用・開示する行為は不正競争にあたり(同法2条1項7号)、差止め(同法3条)や損害賠償(同法4条)の対象になります。悪質な場合は刑事罰もあり、10年以下の拘禁刑もしくは2,000万円以下の罰金、またはその併科とされています(同法21条2項)。
ただし、この保護を受けるには、情報が「秘密として管理されている」ことが前提です。アクセス権限の設定、「社外秘」の表示、秘密保持の誓約などの管理がないと、営業秘密と認められないおそれがあります。競業避止の約束が無効と判断されても、営業秘密と秘密保持の約束による保護は残るため、こちらを先に固めておくことが実務上の要になります。
6. 外国人社員と海外の親会社の書式
外資系の日本法人では、親会社の英文の競業避止契約に、外国法を準拠法とする条項が入っていることがあります。契約の準拠法は当事者が選ぶことができます(法の適用に関する通則法7条)。しかし労働契約では、選んだ法が最も密接な関係がある地の法と違っても、労働者がその地の特定の強行規定を適用すべき旨を使用者に示せば、その強行規定も適用されます(同法12条1項)。労務を提供すべき地の法が、最も密接な関係がある地の法と推定されます(同条2項)。
日本で働く社員との契約では、日本法の考え方で有効性が争われる可能性を前提に、制限の範囲と代償を設計しておくことが現実的です。外国人社員には、内容を本人が理解できる言語で説明し、理解したうえで署名したことを記録に残すことも大切です。
今すぐできること
・就業規則と誓約書の競業避止条項を確認し、期間・地域・職種の範囲が具体的に書かれているかを見る。
・全社員一律ではなく、営業秘密や重要顧客に触れる役職・職種に対象を絞れないか検討する。
・制限に見合う代償(手当、退職金の上乗せなど)を用意できるかを決める。
・顧客リストや技術資料に「社外秘」の表示とアクセス制限をかけ、秘密保持の誓約をとる。
・退職時の手続として、貸与物と社内データの返却確認、秘密保持義務の再確認の書面を用意する。
・海外の親会社の書式を使っている場合は、日本の社員向けに準拠法と内容を見直す。
弁護士に相談すべきタイミング
・退職者が競合他社に移り、取引先や部下の引き抜きが始まっている。
・顧客データや設計資料が持ち出された形跡がある。
・退職する社員から、競業避止の誓約書への署名を拒まれた。
・取締役が、承認を受けずに同じ事業の会社を設立していた。
・親会社の英文契約と日本の就業規則の内容が食い違っている。
よくあるご質問
Q. 入社時の誓約書があれば、退職後の転職を止められますか?
誓約書があっても、その内容が広すぎれば無効とされることがあります(民法90条)。期間・地域・職種の範囲と代償措置、本人の地位などを総合して判断されます。転職そのものを止めるより、顧客の引き抜きや営業秘密の使用を止めるほうが認められやすいのが通常です。
Q. 代償措置がないと、必ず無効になりますか?
代償措置の有無は判断要素の一つで、それだけで結論が決まるわけではありません。ただし、制限が重いのに代償が全くないと、有効と認められにくくなります。制限を課す相手には、何らかの手当を検討しておくのが安全です。
Q. 取締役にも退職後の競業避止を課せますか?
在任中の競業は会社法で制限されています(会社法356条1項1号・365条1項)。退任後については法律に定めがないため、社員と同じく、合意による制限が必要です。有効性は、取締役として触れていた情報の重要性や代償の内容を踏まえて判断されます。
Q. 違反したら違約金を払うという約束は有効ですか?
使用者は、労働契約の不履行について違約金や損害賠償額の予定を定めてはならないとされています(労働基準法16条)。違約金を定める方法は、この規定との関係で問題になるおそれがあります。実際に生じた損害の賠償請求や、就業規則に基づく退職金の扱いとして設計するのが一般的です。
Q. 外国法を準拠法にすれば、日本の制限は受けませんか?
準拠法は選べますが、労働契約では、日本で働く社員が日本法の特定の強行規定の適用を求めれば、その規定も適用されます(法の適用に関する通則法12条)。日本で働く社員については、日本法の下でも有効といえる内容にしておく必要があります。
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