パワーハラスメント(パワハラ)は、職場で、①優越的な関係を背景とした言動で、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、と法律と指針で定義されています。会社には、相談に応じて適切に対応する体制を整えるなどの措置を講じる義務があり、2022年4月1日からは中小企業も対象です。根拠となる条文は、2026年10月1日の改正法施行により、労働施策総合推進法30条の2から31条に移りました。相談を受けた会社は、相談者と行為者の双方から事実を確認し、記録を残し、事実が確認できれば被害者への配慮と行為者への措置を行う必要があります。
こんな場面で問題になります
- 部下から「上司に毎日、皆の前で怒鳴られている」と人事に相談があった。
- 業績の上がらない社員を厳しく指導したところ、パワハラだと言われた。
- 退職した社員の代理人から、在職中のパワハラについて会社に損害賠償を求める書面が届いた。
- 相談窓口は作ったが、相談を受けた後の手順が決まっていない。
パワハラの定義と3つの要素
法律は、事業主に対し、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、必要な措置を講じることを求めています(労働施策総合推進法31条1項)。厚生労働省の指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、この3つの要素をすべて満たすものをパワハラとし、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラに当たらないとしています。
① 優越的な関係を背景とした言動
指針は、言動を受ける人が行為者に対して抵抗や拒絶ができない蓋然性が高い関係を背景としたもの、と説明しています。上司から部下への言動が典型ですが、それに限られません。業務上必要な知識や経験を持つ同僚・部下の言動で、その人の協力がないと業務が進まないものや、同僚・部下の集団による行為で抵抗や拒絶が難しいものも含まれます。
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
指針は、社会通念に照らし、明らかに業務上の必要性がない、または態様が相当でないものを指すとしています。判断には、言動の目的、経緯や状況、業種・業態、言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性などを総合的に考慮するとされています。労働者側に問題行動がある場合は、その内容・程度と、それに対する指導の態様との関係が重要な要素になる、とも書かれています。
③ 就業環境が害されること
指針は、言動により身体的・精神的な苦痛を与えられ、就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指すとしています。判断の基準は「平均的な労働者の感じ方」、つまり同じ状況で同じ言動を受けた場合に、社会一般の労働者が看過できない支障が生じたと感じるかどうかです。
指針が示す6つの類型
指針は、代表的な言動の類型として次の6つを挙げ、それぞれ該当すると考えられる例と該当しないと考えられる例を示しています。ただし、例は限定列挙ではなく、個別の状況で判断が異なり得るとされています。
| 類型 | 該当すると考えられる例(指針より) | 該当しないと考えられる例(指針より) |
|---|---|---|
| 身体的な攻撃(暴行・傷害) | 殴打、足蹴りを行う。物を投げつける | 誤ってぶつかる |
| 精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言) | 人格を否定する言動。必要以上に長時間の厳しい叱責を繰り返す。他の労働者の面前で大声で威圧的な叱責を繰り返す | 再三注意しても遅刻などが改善されない労働者に、一定程度強く注意する |
| 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視) | 意に沿わない労働者を仕事から外し、長期間別室に隔離する。同僚が集団で無視して孤立させる | 新規採用者の育成のため、短期間集中的に別室で研修する |
| 過大な要求 | 新卒採用者に必要な教育をせず到底対応できない業績目標を課し、達成できないと厳しく叱責する。業務と関係のない私的な雑用を強制する | 育成のため、現状より少し高いレベルの業務を任せる |
| 過小な要求 | 管理職を退職させるため、誰でもできる業務を行わせる。嫌がらせのために仕事を与えない | 能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減する |
| 個の侵害(私的なことに過度に立ち入る) | 職場外でも継続的に監視する。性的指向・性自認や病歴などの機微な個人情報を本人の了解なく他の労働者に暴露する | 配慮を目的として、家族の状況等をヒアリングする |
実務で争いになりやすいのは、②の「業務上必要かつ相当な範囲」です。同じ注意でも、回数、時間の長さ、言葉の選び方、他の社員の前で行ったかどうかで評価が変わります。
会社が講じなければならない措置
指針は、事業主が講じなければならない措置として、主に次の4つを挙げています。
- 方針の明確化と周知・啓発:パワハラを行ってはならない旨の方針を明確にし、管理監督者を含む労働者に周知・啓発する。行為者には厳正に対処する旨の方針と対処の内容を、就業規則などの文書に定めて周知・啓発する。
- 相談体制の整備:相談窓口をあらかじめ定めて労働者に周知し、担当者が内容や状況に応じて適切に対応できるようにする。
- 事後の迅速かつ適切な対応:事実関係を迅速かつ正確に確認する。事実が確認できた場合は、被害者に対する配慮の措置と、行為者に対する措置を適正に行う。あわせて、再発防止の措置を講じる。
- 併せて講じる措置:相談者・行為者等のプライバシーを保護し、その旨を周知する。相談したことや事実確認に協力したことなどを理由に不利益な取扱いをされない旨を定め、周知・啓発する。
相談したこと、または会社の対応に協力して事実を述べたことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをすることは、法律で禁止されています(労働施策総合推進法31条2項)。
相談を受けたときの事実確認と記録
指針は、事実確認の方法の例として、相談窓口の担当者や人事部門などが、相談者と行為者の双方から事実関係を確認することを挙げています。その際、相談者の心身の状況や、言動を受けたときの受け止めにも配慮するとされています。双方の主張が食い違い、事実の確認が十分にできない場合は、第三者からも話を聴くなどの措置を講じるとされています。
会社が後で説明を求められたときに頼りになるのは、記録です。次のような記録を、事案ごとにまとめて保管しておくことが考えられます。
- 相談を受けた日時、相談者、相談の内容(いつ、どこで、誰が、何を言った・したか)
- 相談者・行為者・第三者から聴いた内容と、聴き取りの日時・担当者
- 相談者から提出されたメール、チャット、録音などの資料
- 会社が判断した内容と、その理由
- 被害者への配慮の措置、行為者への措置、再発防止策として行ったこと
行為者への懲戒処分を検討する場合は、就業規則に定めた懲戒事由に当たるかを確認します。懲戒が、行為の性質や態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、権利の濫用として無効になります(労働契約法15条)。
会社の法的責任
パワハラが起きた場合、会社は、行為者個人とは別に責任を問われることがあります。
- 使用者責任:被用者が事業の執行について第三者に加えた損害は、使用者も賠償する責任を負います(民法715条1項)。
- 安全配慮義務:使用者は、労働者が生命、身体等の安全を確保しつつ働けるよう、必要な配慮をするものとされています(労働契約法5条)。
また、パワハラに関する労働者と事業主の紛争については、都道府県労働局長による助言・指導・勧告や、紛争調整委員会による調停の制度があります(労働施策総合推進法35条〜38条)。労働者がこれらを利用したことを理由とする不利益な取扱いも禁止されています(同法36条2項・37条2項)。
2026年10月1日の改正で変わったこと
令和7年法律第63号による改正法が2026年10月1日に施行され、パワハラの措置義務の条文は31条に、国・事業主・労働者の責務は32条に移りました。あわせて、顧客、取引の相手方、施設の利用者などの言動(いわゆるカスタマーハラスメント)についても、事業主に雇用管理上の措置を講じる義務が新設されています(同法33条)。社内規程や研修資料で「30条の2」を引いている場合は、条番号を見直す必要があります。
今すぐできること
- 就業規則に、パワハラを行ってはならない旨と、行為者への懲戒の定めがあるか確認する。
- 相談窓口の担当者と連絡先を、全社員が見られる場所に掲示しているか確認する。
- 相談を受けてから事実確認、判断、措置までの手順と、記録の様式を決めておく。
- 相談者や協力者を不利益に扱わないことを、規程と周知文書に明記する。
- 管理職向けに、指針の「該当しない例」も含めた研修を行う。
- 社内規程の条番号(30条の2→31条)と、カスタマーハラスメントの措置を見直す。
弁護士に相談すべきタイミング
- 相談者と行為者の言い分が大きく食い違い、社内だけで事実を確定できないとき。
- 役員や幹部社員が行為者とされ、社内の調査担当者が独立して判断しにくいとき。
- 行為者への懲戒処分や配置転換を検討しているとき。
- 被害を訴える社員や退職者、その代理人から、損害賠償を求める書面が届いたとき。
- 労働局から助言・指導や調停の連絡があったとき。
よくあるご質問
Q. 厳しく指導しただけでも、パワハラになりますか? A. 指針は、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラに当たらないとしています。一方で、必要以上に長時間の叱責を繰り返す、他の労働者の面前で大声で威圧的な叱責を繰り返すといった言動は、該当すると考えられる例に挙げられています。指導の目的、回数、時間、言葉の選び方が判断の分かれ目になります。
Q. 部下から上司への言動もパワハラになりますか? A. なり得ます。指針は、業務上必要な知識や豊富な経験を持つ部下の言動で、その協力がないと業務が困難なものや、部下の集団による行為で抵抗が難しいものも「優越的な関係」に含まれるとしています。
Q. 相談者が匿名を希望しています。どう対応すればよいですか? A. 指針は、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じることを求めています。誰にどこまで情報を伝えるかを相談者と話し合い、了解を得た範囲で事実確認を進めることが考えられます。
Q. 取引先の社員からの暴言も、会社が対応する必要がありますか? A. 2026年10月1日からは、顧客や取引の相手方などの言動で、社会通念上許容される範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されることのないよう、相談体制の整備などの措置を講じることが事業主の義務になりました(労働施策総合推進法33条1項)。

