労働問題弁護士監修済

Q.会社が従業員の給料を一方的に下げることはできますか?減給が無効になる場合と、適法に進めるための手順

A.

原則としてできません。本人の同意か、合理的な就業規則の変更が必要で、どちらもない減給は無効になり、差額を請求されます。

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会社が従業員の給料を一方的に下げることは、原則としてできません。賃金などの労働条件を変えるには、従業員本人との合意が必要です(労働契約法8条)。合意がないまま就業規則の変更で賃金を下げられるのは、変更後の就業規則を従業員に周知し、その変更が合理的といえる場合に限られます(同法9条・10条)。合意も合理性もない減給は効力がなく、従業員は元の賃金との差額を請求できます。 こんな場面で問題になります ・業績が悪化し、全社員の基本給を一律に引き下げたいと考えている。 ・人事評価が低かった社員の給与を、次の期から下げたい。 ・減給に同意する書面に署名をもらったが、後から争われないか不安がある。 ・退職した元社員から、在職中に減らされた給料の差額を請求する書面が届いた。 1. 減給には4つの型があり、ルールが違います 「給料を下げる」といっても、法律上の扱いは方法によって変わります。最初に、自社が考えている減給がどれに当たるかを確認してください。 ・本人との合意による変更(労働契約法8条) ・就業規則(賃金規程を含みます)の変更による一律の変更(同法9条・10条) ・就業規則にもとづく降格や人事評価による変更 ・懲戒処分としての「減給の制裁」(労働基準法91条) 型を取り違えると、必要な手続や制限を見落とし、減給の効力が争われる原因になります。たとえば、懲戒の制裁として減給するつもりで、法律の上限を超える額を下げてしまう例があります。 2. 本人の同意による減給 会社と従業員は、合意によって労働条件を変更できます(労働契約法8条)。もっとも、賃金のような重要な条件を下げる同意は、形式だけでは足りません。 最高裁判所は、就業規則に定められた賃金や退職金を不利益に変える同意について、署名押印などの行為があるかだけで判断しないとしています(最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決・平成25年(受)第2595号、民集70巻2号123頁)。不利益の内容と程度、同意に至った経緯と態様、事前の情報提供や説明の内容などに照らして、本人の自由な意思にもとづく同意と認めるに足りる合理的な理由が客観的にあるかという観点からも判断されます。 実務では、次の点を押さえておくと、同意の有効性を説明しやすくなります。 ・減額の金額、開始時期、期間、理由を書面で具体的に示す。 ・本人が質問し、検討できる時間を設ける。 ・説明した内容と日時を記録に残す。 もう一つ注意したいのが、就業規則との関係です。就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める個別の合意は、その部分が無効になり、就業規則の基準によります(労働契約法12条)。賃金規程に等級ごとの賃金額が定められている場合、本人が同意しても、規程を下回る額にはできません。 3. 就業規則の変更による減給 会社は、従業員と合意することなく、就業規則の変更によって労働条件を不利益に変えることはできないのが原則です(労働契約法9条)。例外として、次の2つを満たすときは、変更後の就業規則が労働条件になります(同法10条)。 ・変更後の就業規則を従業員に周知させていること ・変更が合理的であること 合理性は、従業員が受ける不利益の程度、労働条件を変更する必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合などとの交渉の状況、その他の事情に照らして判断されます(同法10条)。 最高裁判所は、定年を55歳から60歳に延ばすのにあわせて55歳以降の賃金を見直した銀行の就業規則の変更について、合理性を認めました(最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決・平成4年(オ)第2122号、民集51巻2号705頁)。判決は、60歳定年制の実現が社会的に強く求められていたこと、行員の約9割で組織する労働組合と交渉・合意して労働協約を結んだうえでの変更だったこと、変更後の賃金水準が他行や社会一般と比べてかなり高かったことなどの事情を挙げています。 逆に言えば、必要性の説明が乏しく、不利益が大きく、従業員側との話し合いもないまま行った変更は、合理性が認められにくくなります。実務では次の準備が欠かせません。 ・減給が必要な理由を、財務の数字で説明できるようにする。 ・従業員ごとに、減額の幅を試算する。 ・不利益を和らげる経過措置や代わりの措置を検討する。 ・労働組合や従業員への説明と交渉の経過を記録する。 手続面では、常時10人以上の従業員を使用する会社は、就業規則を変更したら労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法89条)。その際、過半数で組織する労働組合(ない場合は過半数を代表する者)の意見を聴き、意見を記した書面を添付します(同法90条)。 4. 降格や人事評価による減給 等級や役職と賃金を結びつけた制度では、降格や評価の結果として賃金が下がることがあります。この場合の前提は、就業規則や賃金規程に、等級と賃金の対応、評価による昇給・降給の基準と手続が定められていることです。 根拠となる定めがないのに、会社の判断だけで基本給を下げると、合意によらない労働条件の変更として争われるおそれがあります。定めがある場合でも、評価の根拠を説明できるか、規程の手続どおりに運用したかが問われます。 5. 懲戒処分としての減給の制裁 就業規則で減給の制裁を定める場合、その減給には上限があります(労働基準法91条)。 ・1回の額が、平均賃金の1日分の半額を超えてはならない。 ・総額が、1回の賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない。 平均賃金は、原則として、算定すべき事由が生じた日以前3か月間に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で割った金額です(労働基準法12条1項)。たとえば平均賃金が1日1万円なら、1回の減給は5,000円までです。月給30万円の人に複数の制裁を科しても、1か月の減給の合計は3万円までとなります。 制裁を科すには、その種類と程度を就業規則に定めておく必要があります(労働基準法89条9号)。 6. 減給が無効になった場合 合意も合理性もない減給は効力がありません。会社は、本来の賃金との差額を支払う義務を負います。賃金は全額を支払うのが原則です(労働基準法24条1項)。 賃金の請求権は、法律上5年で時効により消滅すると定められていますが、当分の間は3年とされています(労働基準法115条、143条3項。退職手当は5年)。そのため、最大で過去3年分の差額をまとめて請求されることがあります。 7. 人件費を抑える他の手段もあわせて検討します 基本給の引下げは、従業員の生活への影響が大きく、合理性の判断でも重く見られやすい変更です。そのため、裁判で合理性を説明するときにも、会社が他の手段を尽くしたかどうかが問われやすくなります。 検討の順番としては、まず役員報酬の減額や経費の削減など、従業員の賃金以外の手段から考えるのが一般的です。次に、昇給の見送りや時間外労働の削減など、既に約束した賃金を下げずに済む方法を検討します。それでも足りない場合に、期間を区切った減額や、段階的に減らす経過措置を組み合わせることで、不利益の程度を小さくできます。 どの手段を選んだか、なぜ他の手段では足りなかったかを記録しておくと、後に争いになったときの説明材料になります。 今すぐできること ・検討している減給が、上の4つの型のどれに当たるかを整理する。 ・就業規則と賃金規程に、減給・降格・降給の根拠となる定めがあるかを確認する。 ・本人の同意を得る場合は、金額・期間・理由を書いた説明書面を用意する。 ・就業規則を変える場合は、減給の必要性を示す数字と、従業員ごとの影響の試算をそろえる。 ・懲戒として減給する場合は、平均賃金を計算し、労働基準法91条の上限内かを確認する。 ・過去に行った減給について、同意書や説明の記録が残っているかを確認する。 弁護士に相談すべきタイミング ・業績悪化に伴い、全社的な賃金の引下げを検討し始めた段階。 ・労働組合や従業員の代表から、減給に反対する申入れを受けた。 ・従業員や元従業員から、減給分の差額を請求する書面や内容証明郵便が届いた。 ・労働基準監督署から、賃金の支払について連絡や調査の案内が来た。 よくあるご質問 Q. 業績が悪ければ、会社の判断で給料を下げてもよいのですか? 業績の悪化だけでは、一方的な減給は認められません。本人の同意を得るか、就業規則の変更が合理的といえる必要があります(労働契約法8条〜10条)。業績悪化は、合理性を判断する際の「変更の必要性」として考慮される事情の一つです。 Q. 同意書に署名をもらえば、減給は必ず有効になりますか? 必ずとはいえません。最高裁は、署名押印の有無だけでなく、不利益の程度や事前の説明の内容などから、自由な意思にもとづく同意かどうかを判断するとしています(最高裁平成28年2月19日判決)。また、就業規則の基準を下回る合意は、その部分が無効です(労働契約法12条)。 Q. 懲戒の減給は、いくらまでできますか? 1回の額は平均賃金の1日分の半額まで、総額は1回の賃金支払期の賃金総額の10分の1までです(労働基準法91条)。これを超える部分は認められません。 Q. 無効な減給をしていた場合、何年分さかのぼって支払うことになりますか? 賃金の請求権の時効は、当分の間3年とされています(労働基準法115条、143条3項)。そのため、最大で過去3年分の差額の支払を求められることがあります。

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